災害一般情報

2011年7月1日 金曜日 この記事をTwitterでつぶやく

宮城県立聴覚支援学校の「宮城県特別支援教育研究会聴覚障害専門部」の総会で講演をさせて頂きました。
沢山の先生方に来て頂きました。
宮城県立聴覚支援学校は、昔の宮城県ろう学校です。
今回の講演では、東海村の臨界事故、新潟中越地震、そして今回の東日本大震災での弊社の取り組みについてお話しをさせて頂きました。
東海村の臨界事故の時には、日立市、東海村に100名ほどのお客様がいたためにFAX情報があり、一斉にFAX送信しました。
新潟の中越地震の時には、メーリングリストを立ち上げて安否確認と情報提供を行いました。
しかし今回の東日本大震災では、メーリングリストが機能しない事が分かっていたために、SNSを活用した安否確認と情報提供を行いました。
Twitterによる、安否確認と情報提供は有効で、情報弱者と言われる聴覚障がい者の方々がTwitterやFaceTimeなどのSNSを活用する事で情報収集と
コミュニケーションを行う事が出来る事は重要で今後心配される余震に対する準備と、今後の生活向上の為にも役立てて頂きたいと思っています。
今回の事例を含めてお話しをさせて頂きましたが、有効活用するためにはまだまだ課題はあるのは確か。
この課題を解決しながら、聴覚障がい者の情報保障と情報格差の解消に努力していきたいと思っています。
今後もこの様な機会を通じて多くの方々に、情報保障の提案をしていきたいと思っています。
今回は、アシスタントにこの学校で学んだ渡部康平(スポフォトカメラマン)を同行させました。
彼を覚えていてくれた先生もいて、その成長した姿を頼もしく見てくださったのも嬉しかったです。
この様な機会を与えてくださった先生方に感謝致します。
宮城県立聴覚支援学校の「宮城県特別支援教育研究会聴覚障害専門部」の総会で講演をさせて頂きました。沢山の先生方に来て頂きました。
宮城県立聴覚支援学校は、昔の宮城県ろう学校です。
今回の講演では、東海村の臨界事故、新潟中越地震、そして今回の東日本大震災での弊社の取り組みについてお話しをさせて頂きました。東海村の臨界事故の時には、日立市、東海村に100名ほどのお客様がいたためにFAX情報があり、一斉にFAX送信しました。新潟の中越地震の時には、メーリングリストを立ち上げて安否確認と情報提供を行いました。しかし今回の東日本大震災では、メーリングリストが機能しない事が分かっていたために、SNSを活用した安否確認と情報提供を行いました。
Twitterによる、安否確認と情報提供は有効で、情報弱者と言われる聴覚障がい者の方々がTwitterやFaceTimeなどのSNSを活用する事で情報収集とコミュニケーションを行う事が出来る事は重要で今後心配される余震に対する準備と、今後の生活向上の為にも役立てて頂きたいと思っています。
今回の事例を含めてお話しをさせて頂きましたが、有効活用するためにはまだまだ課題はあるのは確か。この課題を解決しながら、聴覚障がい者の情報保障と情報格差の解消に努力していきたいと思っています。
今後もこの様な機会を通じて多くの方々に、情報保障の提案をしていきたいと思っています。
今回は、アシスタントにこの学校で学んだ渡部康平(スポフォトカメラマン)を同行させました。彼を覚えていてくれた先生もいて、その成長した姿を頼もしく見てくださったのも嬉しかったです。
この様な機会を与えてくださった先生方に感謝致します。





2011年5月5日 木曜日 この記事をTwitterでつぶやく

宮城県南三陸町は、3月11日の津波で甚大な被害がありました。

この地区は、チリ地震の際にも大きな被害があり、津波の防災意識が高かった地域です。

しかしながら、今回は予想を遙かに超える大津波。震災直後は、約1万名の消息不明の報道がありました。


沢山の方が被害にあわれたこの地区の防災放送。
津波警報のアナウンスをされていた女性が津波にのみ込まれ亡くなられました。

大変ショッキングニュースとして放送されていました。


僕は、もともとMCとカメラマンの仕事をしていました。
結婚式やパーティの司会を約10年ほど、その時の屋号がプラスヴォイスです。


約1000件の司会の仕事の中で、最悪の司会がろう者の結婚式を担当したことでした。
会を司る司会者。僕の声は列席者の皆さんに通じません。


それから、手話の勉強が始まりました。
自分の言葉を聞こえない方々に届ける役割。以来15年の歳月を重ねました。


今日は、自分の運命を感じる、そして初心に返る一日でした。

新潟県の中越地震の後、宮城県では大地震が近いうちに来ると言われていました。
ろうあ協会、難聴協会の方々、そして聴覚障がい者に関わる関係者とその対策が検討されていました。

僕の生活圏は、海からは離れていて津波に対する認識はあまりもてていませんでした。

防災放送・津波警報が聞こえない方々に対する対策が検討された際にも、これ程の大津波は想定していませんでしたし、正直、防災意識も薄れていたかもしれません。

津波を知らせる警報装置もあります。
しかしその警報装置が近くに無ければ意味がない。携帯電話のメールも同じ事。
津波の発生時は、近くにいる健聴者が聞こえない人がいることを認識し、かならず情報を伝える仕組みと社会作りが大事と考えていました。


聴覚障がい者の方々の生活をIT技術を活用して、生活の質の向上を提案する仕事として起業し、
2005年から、カメラマンとしての経験を生かし、障がい者の就労事業「スポーツフォトライブラリー:通称スポフォト」を立ち上げました。


IT福祉事業と、メディア事業まったく別の性質の業務も僕の中では「聴覚障がい者」「手話」というキーワードで繋がっていました。
15年の歳月の中では、メディア事業部立ち上げに反対する者もいました。


今日の出会いは、僕の歩んできた道が間違いではなく、その使命と役割を再認識させられる出来事でした。


カメラマン三浦として、南三陸町の渡辺さんと出会ったのは3年前の高校野球の撮影。
渡辺さんの息子さんは現在、全壊した気仙沼向洋高校の野球部の3年生。


震災直後から、気仙沼や南三陸町の様子を伺っていました。


そして昨日、渡辺さんから防災放送のアナウンスをされた女性、未希さんの遺体が発見されたことを伺いました。
全国的なニュースになった未希さんの勇敢な最後。
マスコミをシャットアウトして行われた葬儀の中、唯一カメラマンとして立ち会わせて頂きました。


MCをしていた僕が、カメラマンとして勇敢なアナウンスをした女性の葬儀に立ち会う。
そして、その防災アナウンスを聞こえない方に届ける仕事をしている立場。


正直、違和感と不思議を感じながら葬儀に向かいました。

小さな湾を一望できる高台のお寺に着くと、そこには僕が尊敬する手話通訳士の半澤先生がいらっしゃいました。
半澤先生は 、仙台の専門学校で手話を教えていらっしゃいます。
いつも穏やかで、私たちの活動を支援してくださっている方。

まさか、ここで出会うはずもない方。

お話しを伺うと、未希さんとご主人は半沢先生の手話の教え子でした。

本当に想像もしなかった出会い。
耳の不自由な方に聞こえない防災放送をしていた未希さんが手話を学んでいた。

想像もしなかった出来事に、鳥肌がたち、涙があふれてきました。

今、僕はコミュニティ放送に対し、聞こえない方にも届けなければならない情報であることを伝える活動をしています。

・ラジオの音声を文字に変えて、聞こえない人に届けること。
そして
・ ラジオを通じて、「この情報は、耳の不自由な方には届きません。お近くにいる耳の不自由な方には必ずお伝えください」というMCを入れてもらう呼びかけをしています。

これまで訪問したコミュニティFM放送局、災害FMの放送局の方々は、僕の話を良く理解してくれています。

耳の不自由な方には情報が届かないと言う、当たり前の事を健聴者がきちんと認識を持つこと。
これが一番の防災対策と考えていました。

名誉の死を遂げた未希さんは、手話を真剣に学んでいた方でした。

ろう者には、未希さんのアナウンスは聞こえなかったかもしれません。

でも、ろう者に届けたかったはず。

防災放送が、聞こえない人に届くように話す事。

IT、ICTの技術だけではない一人一人の思いの大切さを再認識することが出来ました。

今日の僕におきた不思議な出来事、そして未希さんとの運命的な出会いに、自分の「使命」を強く感じました。

未希さんに心から感謝します。

そしてご冥福をお祈りするとともに、

未希さんのアナウンスは、ろう者に聞こえていた事を伝えます。

2011年3月26日 土曜日 この記事をTwitterでつぶやく

先日、聴覚障害スタッフ島貫の地震の体験談のブログを見て、直接避難所での様子を取材したいという事で、大阪のABC朝日放送が取材に来ました。
 
島貫も2度目の取材で、どんなことを伝えたいか、どんなことが被災地の耳の不自由な方に役立つ情報か考えながら取材に応じたようです。


 
島貫が避難した避難場所の様子です。
 
 

 
残念ながら東北で放送はされませんでしたが、関西の方にも避難所での耳の不自由な方の生活を知ってもらえるきっかけになることを祈ります。

2011年3月25日 金曜日 この記事をTwitterでつぶやく

先日、聴覚障害者スタッフの島貫の被災体験談をブログで紹介しましたが

地震体験談 島貫千紘(ろう者)

このブログに対してたくさんの反響をいただきました。
 
その中で、この被災体験を全国の皆様にご紹介をいただけるということで、NHKの取材がありました。
 
島貫も今回放送されることで、自分以外の被災地の耳の不自由な方の避難所生活に役立てれば・・・ということで緊張しながらも取材に応じました。
 


(みんなで放送を見ている)
 
 
既に放送は終了してしまいましたが、少しでも多く皆様に耳の不自由な方の不便を理解していただく発信になればと思います。

2011年3月18日 金曜日 この記事をTwitterでつぶやく

弊社スタッフの島貫千紘の地震体験談です。
現在は、連日出勤して、仙台市内のオフィスで安否確認・支援活動の情報収集業務を行っています。



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東日本大地震に被災した皆様へ、まずは心よりお見舞い申し上げます。
皆さんに少しでも多く、情報をお伝えできるように精一杯頑張ります。

今回「東日本大地震」が起きた時は、会社にいました。
大きな揺れが長く続き、経験したことの無いほどの揺れでした。

事務所は、色々なものが倒れ壊れて悲惨な状態でした。
パソコンも倒れ、足の踏み場もなくひとまず自宅に帰宅し家族の安否確認をしようと、徒歩で自宅に帰りました。
自宅には父がいるはずでしたが、誰もいません。不安でしたが、ひとまず近くの避難所に向かいました。
避難所に到着しましたが、入っていいのか分からず、誰にも聞くことができず約1時間ほど外にいました。情報がなく、判断がつかなかったのです。
避難所の中に入らず、外にいる間、何人かに声をかけられたのですが耳が聞こえないということを伝えられず、なにを言っているのかもわかりませんでしたし、伝えることもできませんでした。
ただ、体が凍えてきたので「入っていいのかな・・・?」と不安に思いながら、避難所の扉を開けました。
避難所には、ぽつぽつとスタッフの方や避難された方がいました。

スタッフの方がなにか話しているのは見えたのですが、なにを話しているのか全く分かりません。なにか配っているようにも見えますが、もらっていいのかも分かりませんでした。
また、避難所の入り口で避難している人がなにか書いているのも見えましたが、私も書くべきか判断できず、私はずっと同じ場所に座り、ひたすらケータイ、iPadで情報を得ようとしていました。

ただ、メールも届かず両親の居場所も分からず、必死に連絡をしようとしてバッテリーも無くなってきました。
誰とも話せず、情報も得られず途方に暮れている時に、プラスヴォイスの社内メーリングで社長と連絡が取れました。

地震発生から約6時間後、避難所まで社長が探しにきてくれました。

そこで初めて耳が聞こえないことをスタッフの方に分かってもらい、クラッカーと水をもらうことができました。
もちろん聴者の方々には、すでに配られていて他の皆さんは眠りにつく頃の時間だったと思います。

もし、あのときボードに『非常食配布』という説明や、『名前を記載して』など目で得られる情報があったら、と思います。
聴覚障害は「見えない障害」だと言われます。

見た目は障害がないように見えても、災害時に大切な『情報』を耳で得ることができないのです。
今回の災害で、その不便を痛感しました。

今も避難所で生活している聴覚障害者の皆さんがいるかと思います。

是非、目で情報を得られるように配慮をして欲しいのです。
見た目では分からないけれど、聴覚障害者にも情報を与えられるよう配慮をして欲しいのです。

是非、よろしくお願いします。

2011年3月17日 木曜日 この記事をTwitterでつぶやく



被災地では、聴覚障害者に関わる方々が必死で頑張っています。

例えば宮城県ろうあ協会にも、役員の方々、通訳者の方々、ボランティアの方々が集まり懸命に活動をしています。
おそらく、他県の被災地でもそれぞれが必死で活動をしている事と思われます。

私たちに出来ることは、それらの活動の支援です。

上部団体の方々活動の妨げにならないように努め、効率的かつ強力なバックアップ体制を作っていきたいと考えています。

多くの情報が混乱を招く場合があります。

しかし、それを恐れていたら何も出来ません。

避難場所での情報保障の必要性を考えてみて下さい。

また、自宅で避難している人もいます。

被災地では、ガソリンもなく、今は救援に向かうことも出来ない状況です。

県や市の災害対策本部にも向かい話をしてきました。
こちらも懸命です。新たな情報網を作るのも現状では困難でしょう。

各団体へ、協力要請をしましたが、今はその指示系統も作れないと想像します。
同時に、新たな情報網と今作る事が妨げになると判断しました。

今は、最善の配慮に努め、出来る限りのことをやりたいと考えています。

弊社のスタッフの人員も限られています。情報集約網を増やすことが弊社内でも情報混乱を招きます。

情報収集のネットワーク網をTwitterにしぼり、

安否情報をsaigai@plusvoice.co.jp で受付をする事にしました。

Twitterを見ていても遠方支援が活発に行われています。
「耳の不自由な方」をキーワードに考えて情報集約をしたいと考えています。

この様な考えを基本に、勝手な活動になってしまいますが責任を負う覚悟でこの活動を行っておりますことを皆さんにご理解頂きたいと思います。

プラスヴォイス代表 三浦宏之

2011年3月16日 水曜日 この記事をTwitterでつぶやく

災害安否確認アドレスに、沢山の情報をお寄せ頂きありがとうございます。

地震。津波、放射能汚染と災害が重なり、さらに広範囲での被害で隣県支援が難しい状況です。
被災地、避難場所の不安も大きくなり始めています。

皆様の励ましの声が支えになっています。

弊社スタッフも、被害を受けている状況の中で頑張ってくれています。
ろう者スタッフ3名が出社し、情報収集活動を行ってくれています。

宮城県以外の聴覚障害者の安否情報につきましては、情報混乱が起きないよう各団体と連携が取れ次第、公開していきたいと思っています。

特に、全日本ろうあ連盟への連絡経路は、図を参照下さい。

各地域のろうあ協会関係団体を中心に、それぞれに安否情報の確認をしていると思われます。
しかしながら、現時点でどのように進められているか把握できていません。

弊社としては、出来る限りの協力をしていきたいと思います。

各聴覚障害者関係の情報連絡にしたがった方法での安否報告を行って頂き、同時にsaigai@plusvoice.co.jpに投稿下さい。

こちらから、地域のろうあ協会に連絡したいのですが、逆に混乱させてしまう可能性があります。

添付図を元に、各団体関係者の方にご理解を頂き、弊社と連携をご説明頂くと助かります。

ご協力をお願い致します。

株式会社プラスヴォイス 代表 三浦宏之



2011年3月16日 水曜日 この記事をTwitterでつぶやく



被災地の聴覚障害者の安否情報をお寄せ下さい。

被災地では、電話が繋がりにくく、メールの遅延も発生しています。
被災地の聴覚障害者・関係者の、ご家族、ご友人、知人の安否情報をお持ちの方は、

saigai@plusvoice.co.jp宛に

名前:
所在地:(その方の住む地区)
現在の避難状況:

その他、お困りのことなどを投稿下さい。

この情報は、http://www.plusvoice.co.jp/ で公開します。

また、宮城県の場合は、宮城県ろうあ協会を通じて、全日本ろうあ連盟に報告されます。

宮城県以外の情報をお持ちの方は、それぞれの地区の指示に従って情報提供すると同時に、
saigai@plusvoice.co.jp にも、投稿下さい。

情報混乱を招かないように、他地域の障害者団体との連携が出来次第投稿致します。

この災害情報メールの目的は、今回の被害は地域が広く、隣県支援が難しい状況です。
同時に、聴覚障害者関連の上部団体も掌握が難しいと判断し、プラスヴォイスが、地域の障害者関係団体と協力し、自主的に情報収集業務を行っています。

今後、避難場所の支援活動や、情報保障に役立てたいと思っています。

多くの皆様の協力と、ご理解をお願い致します。